写真提供:中村朱里
荻澤さんは、生産環境や生産者のこだわりを自身のブログやSNSで発信。牛ごとの個性や味わいを伝えています。なかでも積極的に扱うのは、現在の市場では価値のつきにくい経産牛や、乳用牛の雄、赤身主体の牛など。独自の手法で価値を打ち出し、売り先が約束されてない状態からすべての牛、すべての部位を売り切ります。従来の基準にとらわれない信念に業界内から注目が集まるとともに、そのマッチングに多くの生産者とシェフが信頼を置いています。
「今まではシェフたちに良質な牛肉を届けることを私の仕事の基盤としてきました。さらに最近はっきりと感じるのが、小売の方々の意識の変化。いわゆるこだわりスーパーといったお店の担当者さんからの問い合わせが増えています」
近年支持を高めてきた有機野菜や自然食品などの仕入れを強みとするスーパーマーケット。それでも精肉の部門は遅れを取ってきたと荻澤さんは言います。
「意志のある生産者のものや環境に配慮した背景のものを扱いたいと思っていても見た目を優先した霜降りの方が売りやすい。それが私自身が売買においてぶつかり続けてきた日本の現実。ですが、そこにこそ私にできることがあると思っています。問い合わせの声には、思い切って踏み出したいという気持ちと迷いが混じり合っています。だから、私も一緒に考えるんです。消費者自身が生産の背景に興味を持ち、選択をする。時代がそういう方向へと向かうなかで、何をどう売るのかと」
シェフたちに好まれる牛の生産地に目を向けると、それぞれの土地と深く関わる牛の姿があります。
「岩手の短角種は特性と気候が合っていて、放牧で草を食べて自然交配する。肥育においても地元の素材を与える農家さんたちの工夫があります。阿蘇のあか牛の放牧は野焼きの文化に深く紐付いていて、牛が草原で草を食べることで水源が保たれている。サシを追い求めずそれぞれの土地に合った牛の育て方をすることが、結果的に『土地の味』を育てて地域経済の一部になっているんです」
肉を食べてその牛が食べたものや育った環境に思いを馳せることができる。それが『テロワールを感じる牛』であり、これから選ばれる肉だと荻澤さんは言います。
「どの生産者さんも餌を変えてみたり、餌から生産してみたり、努力し続けています。そんな仕事のなかでは、『これで完成』ということはなくずっと工夫が続きます。それでも、この仕事が好き、牛が好きという気持ちでより良く育て上げようとしている。その想いに共感するから一緒にやりたいと思う。結局は、現場の人の想いが、私にとっての原動力なんです。無角和種も『土地の味』を確立することができると思います。草で大きくなる特性と土地の豊かさを活かして、草主体で育った牛ならではの味わいを強みにできるはずです。今、ともに悩み、志を持つ仲間となれることを嬉しく思っています」
株式会社東京宝山 代表取締役
荻澤紀子氏
焼肉店販売企画、コンサルティング会社などを経て、食肉市場に通うように。牧場主が共同設立した飼料会社、株式会社宝山の東京事務所として牛肉営業を担当。2015年に独立した後、独自のスタイルで食肉の卸しを手掛けている。