渡邊シェフが赤身肉と薪火焼きにこだわるその原点は、初めて行ったイタリアへのビステッカの食べ歩きの時に出会った味。薪の熾火で焼かれるビステッカの圧倒的な美味しさに感動したのだと言います。
「噛み締める喜びは衝撃でした。噛む楽しさの原点になりました」
旅から戻ると、すぐに牛肉への探究が始まりました。料理修行の傍ら、屠場や牧場などを訪ねて勉強し、再びイタリアに向かうと、ビステッカ発祥の地で本場のキアーナ牛を使った正統の「ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ」を提供する店で修行を重ねることに。
「現地で、取り巻く環境や四季の移り変わりで、この料理の本質を学びたかったんです。修行を終えて帰国すると、日本国内の牛肉のなかから自分が求めているものを探しました。しかし、理想の肉に出会えず、各地の牛肉を訪ねて研究する日々が始まりました」
そもそも、日本とイタリアでは、肉食における文化が全く異なります。肉に親しみながらも、焼き肉など、箸でつまんで食べられる料理を基礎にしてきたのが日本であり、当然、流通する肉の姿も大きく違う。
「僕が探していたのは、サシの入った牛肉ではなかった。サシの入った黒毛は薄切りにして焼いたり煮たりとやわらかく食べる文化に沿って育ってきたもの。ステーキにすれば当然、脂がくどくなるわけです。僕が探していたのは、良質な赤身肉。健康的でいて筋繊維が細かく、かたくない肉質。赤身ならではの味わいが豊かな肉です。もう北から南まで色々な肉を買っては調理して、これだと思えば現地を訪ねました」
そこで出会ったのが北海道の北里八雲牛や十勝若牛、高知の土佐あかうし。牛の特性を見極め、その特性に合わせて土地の強みと生産者の考え方が反映された牛肉でした。
「描く世界観や理念に賛同できる生産だと思いました。意志のある生産者がリスペクトされるのは、イタリアでは当たり前のこと。食は、そういう人たちによって発達し、土地も豊かになってきたんです。肉のこと、牛のことを考えれば、自らの土地のことだけでなく、それを囲む町全体の環境や循環を考えることになり、自ら整備していく。そして、それが次世代に託されていく。そうやって名産地として土地も育っていくんです」
そんななかで紹介を受けたのが、無角和種でした。
「大きな可能性を感じましたね。調理してみて、食べてみて、筋肉の質の良さがありながらもまだまだ成長過程の肉。だからこそ、これからさらに成長できるチャンスのある牛だと感じたんです」
実際に阿武町を訪れ、海と山の両方を持つ豊かな土地であること、循環型畜産を目指す町の取り組みにも豊かさを感じたと言います。無角和種が持つ魅力をこれからもっと広げられないかと、生産に関わる担当者たちと話す機会も重ねてきました。
「僕は、赤身肉は高タンパク低カロリーであってエネルギーになる力が高く、いわゆるヘルシーかつ滋養強壮効果を誇る食べ物だと考えています。疲れた時に食べればちゃんと元気になれる。食材としての本来の価値はそういうところにあると考えて料理しています。無角和種には、赤身肉としての強みがある。だから、赤身肉としてのポテンシャルを引き出し続けることが最良の道になるはずです。サシの入った牛肉が評価されてきた時代のなかで取り残されことで、唯一サシが入らない“和牛”となった価値は大きい。限られた土地に残された品種となったことも、頭数が限られてしまったことも、逆手に取ればそれだけ考えをひとつにして新たな価値創造の舵を切りやすいということ。もしかすると、何百年に一度のチャンスなわけですよね。そのとてつもなく大きなチャンスを応援したいと思っています」
独自の価値を築いていくその難しさを、「人間の思惑の所在」によるところだと渡邊シェフは語ります。経済動物として飼育される牛は何を食べるか、どれくらい食べるか、その餌はどこから持って来られたものか、どれくらい運動するか、そういったことがすべて人間によって決められています。
「たとえ同じ品種だとしても、同じ土地での生産であっても、生産者ごとの思惑があれば、肉の仕上がりはまったく異なるものになります。だからこそ、無角和種という牛の特性がどう活かされるべきか、土地がどう反映されるべきかという意志をかため、ばらけないように、築いていく価値が揺るがないように、核となる意志を貫いて欲しい」
扱いが難しいとされる薪火焼きにあえてこだわり、世界中の焼き場を研究して暖炉に改良を重ね、薪の大きさや水分含有量にまで目を配る─。渡邊シェフの並々ならぬそのこだわりを作っているのも、各地の生産者の姿だと言います。
「料理を提供するための工程は多いのですが、それでも、やればやるほど、自分が担っているのはほんの一部でしかないと痛感するんです。何年もかけて育てられた牛を届ける最後の方、誰かに食べてもらう前の最後の段階にたまたま僕が位置しているんだなと。そうするとやっぱり持てるすべてを尽くしたいと思うんです。絶対失敗したくないからすべてに思いをめぐらせて、気を使い、力を尽くす。時には失敗することもありますが、そんな繰り返しですね」
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使う薪は、毎日石川県からその日必要な量だけ届けられる。森を育てるために出る木材を選んでいる。肉との相性も見極め、今回の無角和種にはナラの薪を使用した。
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国内のメーカーと研究を重ねて再現した本場の焼き場の形に、さらに改良を重ねて進化を遂げてきたオリジナルの暖炉。肉を焼く前から火を熾して熾火を準備する。
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熾火の表面温度350℃から600℃ほど。その火の肉を見ながら調整する。熱が拡散するように柔らかくじんわりと伝わるため、焼き縮みを防ぎ、肉の表面は固まらず乾かずに仕上がる。
ヴァッカロッサ シェフ
渡邊雅之氏
1969年千葉県生まれ。東京都内のイタリア料理店を経てイタリアに渡り、トスカーナ州で2年間の修行を積む。帰国後の2002年、東京・青山に「ベッカッチャ」をオープン。2013年に赤坂に移り、「ヴァッカロッサ」のシェフに就任。
〈ヴァッカロッサ〉
住所/東京都港区赤坂6−4−11 ドミエメロード1階
電話/03-6435-5670
http://vaccarossa.com